盛岡地方裁判所 昭和28年(行)10号 判決 1955年1月17日
原告 小山泰亮
被告 岩手県知事
主文
被告が昭和二十八年八月二十五日附岩手東の第三七号買収令書をもつて岩手県東盤井郡興田村沖田字金山沢三十三番の二山林一反九畝四歩につきなした買収処分はこれを取り消す。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを三分し、その二を被告、その余を原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「被告が昭和二十八年八月二十五日附岩手東の第三七号買収令書をもつて岩手県東盤井郡興田村沖田字金山沢三十三番の二山林一反九畝四歩及び同三十四番山林七畝二十六歩につきなした買収処分を取り消す、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として、請求趣旨記載の二筆の山林はもと原告の所有であるところ、昭和二十七年八月二日興田村農業委員会が右各山林につき旧自作農創設特別措置法(以下旧自創法と略称する)第三十条第一項第一号に則り未墾地買収計画を樹立してその旨公告し、同月九日より二十日間書類を縦覧に供したので原告はこれに対し異議を申し立てたが同年十月十四日附をもつて却下せられ、更に県農業委員会に訴願したところこれまた昭和二十八年二月二十六日附をもつて棄却となり、次いで被告知事が県農業委員会の所定の承認手続を経て請求趣旨記載の買収令書を発行し、同年九月二日原告にこれを交付して買収処分をなした。
しかしながら右三十三番の二山林一反九畝四歩は、その周囲に数十本の高刈仕立の桑の樹を植え、年々百貫余の桑の葉を採取する原告の自作桑園として使用して来たのみならず、その余の部分は、もともと畑であつたものを昭和十四年以降は牧草畑に切り替え、牧草種を播種し年々肥料を施して専ら牧草の栽培育成に努めた結果毎年相当量の採草をなし得、これをもつて原告方農耕用馬等の飼育をなして来たのであるからして、右三十三番の二山林は主として採草の目的に供されている原告の自作牧野であり、前記法条に基く未墾地買収の対象たり得べき土地ではない。しかも前記買収計画の樹立に先き立つ昭和二十七年四月原告においてその一部約三畝歩を開墾してこれに馬鈴薯、小麦又は大豆等を蒔き付け、その生育も良好であつたのであるから、少くとも右三畝歩の部分に関する限り、買収計画樹立当時の現況は熟畑であり、未墾地ではなかつたにかかわらず、これをも含めて未墾地買収をしたのは、買収し得べからざるものを買収した違法を免れない。次に前記三十四番山林七畝二十六歩もまた従来から原告の自作にかかる採草牧野であるからして、これまた前記法条に基く未墾地買収の対象たり得ないことは前記三十三番の二山林の場合と同様である。しかのみならず原告は専ら右二筆の山林からする採草により辛うじて馬二頭その他の家畜を飼育し得ている状況にあるのであつて、今若し右各山林を買収されるにおいては、原告唯一の採草牧野を失い家畜の飼育は到底不可能となり、ひいてはこれをもつてする原告の営農上重大な支障を来す虞があるからして、この点からするも前記買収処分は相当でないものといわなければならない。されば以上に述べたいずれの点から観ても右買収処分は違法たるを免れず、且つその違法たるや取り消し得べき瑕疵に該当するからこれが取消を求めるため本訴請求に及ぶと述べ、被告の主張に対し、原告が被告主張のような山林、原野等を所有していることは否認する。前記三十三番の二、三十四番の各山林を除いては他に採草し得るような土地はなく、また藁その他の穀殼のみをもつてしては到底家畜の飼育は不可能であると述べた。(立証省略)
被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、原告主張事実中その主張の山林二筆につき興田村農業委員会が旧自創法第三十条第一項第一号に則り未墾地買収計画を樹立公告し、次いで原告主張の経緯を経て被告知事が原告主張の買収令書を発行して原告にこれを交付し、右各山林を買収したこと及び原告がその主張の家畜を飼育していることは認めるが原告その余の主張事実は争う。原告主張の三十三番の二山林一反九畝四歩は昭和二十年頃までは名実ともに畑であつたが、その後昭和二十二年頃これに牧草種を播種し牧草畑となした形跡もないではなかつたが間もなくそれもやめ、爾来これを放置し荒れるに任せていたのであつて、現に昭和二十四年六月十日山林に地目変換されたのであり、村農業委員会が前記買収計画を樹立する当時の現況もまた純然たる荒蕪地であつて、唯僅かにうち約二十坪の部分を掘り起して大根等を蒔き付けたこともあつたが、これとても生育が思わしくなく、到底熟畑と称し得る程度のものではなかつた。次に前記三十四番山林七畝二十六歩はもと畑として使用していた時代もあつたが、永年放置されていたのでこれまた右買収計画樹立当時の現況は荒蕪地であつて、周囲には一面に笹が生え、中央部分は湿地であるため、牛馬の飼料となし得るような草も生えておらず、原告において嘗てここから採草した事実もなかつたのである。以上の次第で右二筆の山林は前記買収計画樹立当時の現況が牧野ではなかつたのであり、且つその地形、土質、土層の深度等諸般の点からしてこれを開墾して農地を造成するのに適していたので、旧自創法第三十条第一項第一号に則り、これを未墾地として買収し得べきこと勿論である。
なお原告は前記二筆の山林を含めて十五町六反七畝八歩の山林と八反九畝十三歩の原野を所有しているので、仮令右二筆の山林を買収されても別段採草に事欠かず、まして原告の自作にかかる二町八畝十三歩の農地からとれる藁その他の穀殼をもつてこれを補えば、原告が飼育している程度の牛馬の飼料には何等支障を来す虞がないから右買収処分を目して相当性を欠く違法があるものとはなし得ないのであり、原告の本訴請求は失当として棄却さるべきであると述べた。(立証省略)
理由
原告主張の金山沢三十三番の二山林一反九畝四歩及び同三十四番山林七畝二十六歩につき興田村農業委員会が旧自創法第三十条第一項第一号に則り未墾地買収計画を樹立公告したに対し、原告より異議続いて訴願がなされたがそれぞれ却下、棄却され、次いで被告知事が県農業委員会の所定の承認手続を経た前記買収計画に基き原告主張の買収令書を発行して原告にこれを交付し本件買収処分をしたことは当事者間に争いがない。
原告は本件二筆の山林はいずれも原告従来の自作牧野であり、前記法条に基くいわゆる未墾地買収の対象たり得ない旨主張するのでまずこの点について判断する。
(1) 金山沢三十三番の二山林一反九畝四歩について。
証人那須野篤一郎、藤森勲、小山要助の各証言及び検証の結果を綜合すれば、右山林はもと畑であり、その周囲に高刈仕立の桑の樹四十数本を植栽し、原告において年々相当量の桑の葉を採取して来たのであつたが、昭和十四、五年頃以降は右畑の使用目的を牧草栽培に切り替え、三年に一度はこれにレツドクローバー、チモシー、及びオチヤード等の牧草種を播種し、且つ年々硫安及び硝石灰等を施肥して専ら牧草の栽培育成に努めたのでその生育状況も良好で、青草にして年間三千余貫を採草し得、これをもつて原告方の農耕用馬その他の家畜を飼育して来たものであることを認めることができる。右認定を覆すに足りる証拠がない。しからば右土地は前記買収計画樹立当時の現況牧野であつたものといわなければならない。もつとも成立に争いのない乙第一号証によれば、原告が右畑を山林に地目変換したのは牧草畑にしてから既に十年を経た昭和二十四年六月十日であることを認め得るけれども、前示認定のとおり、前示買収計画樹立当時の現況が専ら採草の目的に供している牧野であつた以上、現況主義を建前とする旧自創法上これを牧野として取り扱うべきは固より当然であつて、単にその地目が山林に変換された一事をもつてしては右認定を左右することができない。しからば右三十三番の二山林は旧自創法第三十条第一項第一号による未墾地買収の対象たり得ない土地であるにもかかわらず、村農業委員会が右事実関係の認定を誤りこれを右法条に該当するものとして前記未墾地買収計画を樹立し、次いで被告知事がこれを踏襲して本件買収処分をしたのは、その余の点につき判断するまでもなく、牧野を未墾地として買収した点において違法たるを免れない。この点に関する原告の主張は理由がある。
(2) 同三十四番山林七畝二十六歩について。
前顕証人小山要助の証言及び検証の結果によると、右土地は明治三十一年頃山林を拓いて開田したのであつたが、その北端部分の近くを北西から南へ流れ下る沢水から容易に引水し得る地形にあるため水利の便比較的良好であるにかかわらず、もともと山を掘り崩して土盛整地した土地だけに、砂礫を多く含んだ土質であるばかりでなくその地形が北及び西側が山林に接着し、東及び南側が高さ数米の崖になつているため、自然水洩れを避け難く、水持の点に難点があつたことなどから、右七畝二十六歩全部を水田として使用することができず、そのうち前記沢水の取入口に近い北側の約三畝歩の部分のみを水田として利用し得たにとどまつたが、これとてさしたる収穫を挙げ得なかつたので大正十四年頃にはこの部分をも水田としての使用をやめ、爾来その余の部分とともに放置し、荒廃するに任せて今日に至つたこと、現に右三畝歩の田に該当する箇所は湿地で牛馬の飼料になり得るような草も生えておらず、その余の部分には萱その他の雑草が群生してはいるが、これとて採草地として特段の手入をしている形跡もなく、原告において時々草を刈ることがある程度にすぎずしかもその量もさしたるものではないこと、しかし右土地はもと水田として使用し若しくは使用しようとしたところだけに平坦地でもあるし、土層も深く、しかも砂礫を多く含むとはいえ必ずしも農耕に適さない程に不良な土質でもないので、水はけを図り客土する等多少の処置を講ずれば比較的容易に、少くとも畑地となし得る土地であることが認められる。右認定を覆すに足りる証拠がない。
ところで旧自創法上牧野とは、主たる使用目的が家畜の放牧又は採草にあり、しかもその目的のため全面的且つ積極的に利用されている土地をいうのであつて、荒廃した土地の一部から時に若干の採草をすることがある程度にすぎない場合はこれを右にいう牧野ということを得ないこと勿論である。本件において右三十四番山林の利用形態が主として且つ積極的に採草の目的に向けられているのでないことは前示認定のとおりであるから到底これを採草牧野と称することを得ず、従つて旧自創法第三十条第一項第一号にいう農地及び牧野以外の土地、すなわち未墾地というに妨げないところ、しかもその地形、土質、土層等諸般の点から観てもこれを開墾して農地を造成するに適する土地というべきものであることこれまた前示認定のとおりであつてみれば、被告知事が農業上の利用を増進するため必要があるとの認定のもとに右山林につき本件未墾地買収処分をしたのは何等違法ではない。この点に関する原告の主張は失当である。
次に原告は、本件二筆の山林を買収されるにおいては原告唯一の採草地を失い牛馬の飼料に事欠き、ひいてはこれをもつてする営農上重大な支障を来すべく、従つて本件買収処分は相当でない旨主張するので案ずるに、原告が前記買収計画樹立当時馬二頭及びその他の家畜を所有していたことは当事者間に争いがなく、しかして成立に争いのない乙第二号証の一ないし四十八によれば、原告は本件二筆の山林を含めて十五町六反七畝八歩の山林と八反九畝十三歩の原野を所有している外自作農地合計二町八畝十三歩を所有していることを認め得るので、他に特段の事由のない限り、仮令右三十四番山林を買収されたからといつて、殊に右山林から従来原告が採草していた量がさしたるものでなかつた点に鑑みるとき、その余の山林及び原野並びに農地の畦畔等からする採草に、右相当面積の農地からとれる相当量の藁その他の穀殼をもつてすれば、原告所有程度の家畜を飼育する上において格別の支障を来すものとは認められない。この点に関する原告の主張もまた失当である。
しからば原告の本訴請求中、前記三十三番の二山林一反九畝四歩に関する本件買収処分の取消を求める部分は正当としてこれを認容すべきも、その余の請求は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 村上武 上野正秋 佐藤幸太郎)